2007/08/19

カンボジア超教派聖会開催中止

米国伝道師ジョイス・マイヤーや豪州ヒルソング教会からダーリン・チェック、英国からはデロリスというクリスチャン歌手が来訪、9日から12日にかけてプノンペンのチェンラー・シアターで大々的な聖会の開催を予定していたのですが、開催当日9日の午前、宗教文化省の長官と警察が会場に突然入って来、集会の中止と会場の使用禁止の命令を下しました。一般の会場が使用できないのならと、プノンペンで一番大きな礼拝所を持つ教会での開催に変更したところ、区長がその聖会の開催を禁止。ジョイス・マイヤー師ら、この政府の対応をまったく予期していなかったのではないでしょうか。1年も前から開催準備をしてきたカンボジアの教会と共々、震われています。

2007/08/09

祈ることを求められる主

土砂降りの雨の中、4カ月ぶりに教団宣教師団の祈祷会に出席しました。最近カンボジアで起こっている政府の教会に対する圧力を見ても、主は私たちを祈らなくてはいけない状況に置かれるのだと、破れ口に立ってとりなしをする者を求めておられるのだと、つくづく思います。私たちは攻められても倒れることはありません。益々燃やされて祈り続けていきたいです。

2007/08/05

新宗教法改正法成立

カンボジアへ戻る直前から内外の知人から聞いていたのですが、7月の国会で新宗教法改正法が成立し、①登録された場所(教会等)以外での伝道活動禁止、②戸別訪問伝道禁止、③公共の場でキリスト等の名を出すことの禁止、条例が公布されました。主にキリスト教、モルモン教が急成長していることに対する政府の懸念から立てられた条例ですが、これによりカンボジアの教会全体に今までにない緊張が走っています。

2007/08/04

カンボジアへ

7月30日に理事会に祈っていただき、今日8月4日、カンボジアへ戻ってきました。4か月ぶりのプノンペンですが、迎えてくれたのはどんよりした曇り空でした。今年のカンボジアは4月から雨季のはずが、6月まで一滴も降らなかったとか。どんよりした曇り空に関わらず、私たちは「帰ってきた!!」という喜びで一杯です。これから3年間、主に依り頼みます。

2007/07/24

アメリカ出国

アメリカ出国の日の朝、家族が空港まで見送りに来てくれました。「カンボジアに会いに行くよね」「いつも祈ってるからね」別れの言葉は尽きません。今回私たちがアメリカに帰ってきて一番感謝だったのは、家族一人一人が様々な訓練を通して成長していることを、確認することができたことでした。私たちは主の再臨の日まで、栄光から栄光へと主の似姿に日々つくり変えられています。とどまることなくつくり変えられ続けたいです。

わたしたちはみな、顔おおいなしに、主の栄光を鏡に映すように見つつ、栄光から栄光へと、主と同じ姿に変えられていく。これは霊なる主の働きによるのである。」-IIコリ3:18

2007/07/22

ルイジアナにて

マシューの生まれ故郷、ルイジアナ州のホーマにやってきました。 約40年前、義父が、カリスマ派のリバイバルが起こる直前に開拓した教会で、当時多くのカトリックの信者が救われ、聖霊のバプテスマを受けました。私たちのため、またカンボジアのために忠実に祈ってくださっている教会です。礼拝にて、共にカンボジアで素晴らしいみ業を成しておられる主の御名を賛美しました。

2007/07/17

ユリ8か月

早いものでもう 8か月になりました、娘です。皆様の祈りに主が答えてくださり、寄留の生活が続く巡回のハードなスケジュールの中、特に大きな問題も抱えることなく守られて成長しています。主に感謝、です。この飛び切りの笑顔のせいで、ここアメリカでも娘は大人気です。教会ではたらいまわしにされ、ふと気がつくとどこの誰が抱っこしてくれているのか、分らなくなってしまう始末です。何より主に愛される子に育って欲しいと、毎日祈っています。

2007/07/16

ユリのいとこ、カレブ誕生

12:30に手術室にソニアが入ってから10分後、低いどすの聞いた産声とともに男児が生まれました。ユリのいとこのカレブの誕生です。大きなお父さんお母さんに負けず、10.10lbs(約4560g)の大きな男の子です。ユリと違い、髪の毛が生まれて草々にも関わらずふさふさなびいていました。家族全員が祈り待ち望んでいた子です。ユリと共に主に仕えるものに成長しますように!

アメリカの出産事情

義理の弟のマークとその奥さんのソニアです。今日帝王切開の準備のため入院しました。今回私たちがテキサスに戻ってきて一番楽しみにしていたのが、この夫婦の男児の誕生です。7月6日が出産予定日だったのですが、待てど暮らせど陣痛が起らず、先週のエコー検査で胎児の体重が10lbs.(約4500g)近くまで成長しており、普通分娩で出産するには大き過ぎだということで、帝王切開になりました。母子教室に通ったソニアいわく、アメリカでは90%以上の妊婦が帝王切開か無痛分娩を選ぶそうで、まったくの普通分娩を選択する人はほとんどいないとか。無痛分娩どころか、切開処置も一切麻酔を使わなかった私にとっては何もかもがハイテク、清潔で、ただただ目を見張るばかりでした。

2007/07/15

マシューの姉弟

マシューの姉と弟です。御覧の通り、5人ともとても背が高いです。思いやりのある暖かい兄弟姉妹です。それぞれ様々な試練を通らされていますが、両親の祈りはただ一つ、子供たちが信仰の道を歩みとおすこと、です。

前家族集合

エイカース一家です。今日は、私たちが帰郷したことを祝い、遠方にいる家族、親戚約40人ほどが集合し、大所帯の家族団らんとなりました。ほぼ全員クリスチャンです。

2007/07/09

義父の癒し

マシューの両親です。今年に入って既に2人を天に見送った家族が、私たちの結婚式以来、4年半ぶりに甥の顔を見に、集まってきました。今回とても感謝だったのは、心臓の大きな手術、また前立腺の手術を受けた父が、もう余命長くないかもと言われていたにも関わらず、すっかり回復し元気に動き回っていることでした。ヒゼキヤ王の寿命を延ばされた主に、父の寿命をも延ばしてくださいと共に祈ってきましたが、主がその祈りに答えて下さいました。主に栄光、です。

2007/07/01

マシュー、3年ぶりに故郷の土を踏む

3年ぶりに母教会の講壇に立って奉仕をするマシューです。マシューの故郷、テキサスに3年ぶりに帰って来ました。私たち3人をを待ち焦がれていたかのように、家族、友人、兄弟姉妹が遠方から集まってきました。3年間怠ることなく忠実に祈ってくださった皆様に心から感謝、共に主が私たちに、またカンボジアに成して下さっているみ業を分かち合い、主の御名を賛美しました。

2007/06/24

巡回終盤

巡回も終盤に差し掛かってきました。今回私たちを受け入れ、幸いな交わりに加えてくださった教会の先生方、兄弟姉妹に深く御礼を申し上げます。また、背後にあってカンボジア宣教のためお祈りくださり支えて下さるすべての方々にも心から感謝を申し上げます。カンボジア宣教は日本の教会の祈りによって確実に拡大しています!

2007/06/20

ユリ7か月

横須賀の教会にお邪魔した時に撮っていただいた、鼻水を流しながらのユリの飛切りの笑顔です。18日で7か月になりました。時が経つのは早いとはこのことを言うのだと、娘の成長を見ながら思わされています。1か月ほど前から風邪を引き、熱は10日ほどで下がったのですが、下痢と鼻水が止まりません。でも写真の通り、ご機嫌です。主によって既に癒されたと信じて感謝。

2007/05/18

ユリ6か月

最近お座りができるようになった娘と並ぶ病み上がりのパパと、ユリの友達(ピグレットとキューピー)です。昨日で6か月になりました。娘が生まれて早半年です。時が経つのは何と早いことかとつくづく思わされます。ここ関東の気候も大分暖かくなりました。暑い気候だと水を得た魚のように活発になる私たち3人です。カンボジアのあの、うだるような暑さが恋しい今日この頃です。

2007/05/09

お祈り感謝

5月9日今日、肝機能の数値が下降に向かい、大分安定してきたということで、通院を条件に病院を退院することができました。

今回のマシューの病気、入院を通して、マシューだけでなく私も大変多くのことを主から教えられました。「主よ、一人では娘を連れての巡回はできません」とひたすらつぶやいていた私が、戒められまた励まされたのは、「主の訓練を軽んじてはならない」―へブル12:5のみことばでした。悔い改めさせられた体験でした。主の訓練を心から感謝します。

また、背後にあってお祈り下さった方々に心から感謝します。皆様のお祈りによりマシューはいやされましたことを、ご報告します。祈りに応えて下さる主に栄光がありますように。

2007/05/07

入院生活

病院食をとるマシューです。アメリカでも入院したことのないマシューが、この日本で入院することになってしまいました。

この日の朝、マシューは胃の検査をする予定になっており、検査が終わるまで食事と水を一切取っていけないことになっていたようですが、日本語の通じないマシューを避けていたのか、看護士も誰も教えてくれなかったようで、周りの人には配られるのに自分のところにだけ朝食が来ないことに腹を立てたマシューは、朝から私の姉が置いて行ってくれたスナックやジュースを思い切りとっていたようで・・・検査の結果は言うまでもありません。マシューの入院と、娘を連れての巡回で大分気が張っていた私は、久しぶりに大笑いしました。

2007/05/01

マシュー、入院初体験

九州教区を巡回し始めてしばらくした頃、4月10日前後から、マシューが急に39~40度の高熱を出し始めました。解熱剤を飲むと下がるのですが、切れるとすぐに熱が上がるのです。巡回した先々で病院に行き検査をするのですが、はっきりした原因が分からず、全国聖会のため上京して出かけた先の横浜の病院で、初めて“急性ウィルス性肝炎”だということが分かりました。マシュー、生まれて初めての入院生活が始まりました。

2007/04/23

ふるさと

帰ってきました、沖縄に…そうです、私の故郷です。今回は幼馴染の親友に会う機会がありました。幼稚園から中学まで、ずーっと一緒だった親友です。みんなお母さんになっていたのですが、あまり変わっていません。あの頃の親友は今でも親友です。かつての話に花が咲きました。主よ、この親友たちを救ってください。

2007/04/10

巡回開始

巡回が始まりました。今回は九州、沖縄、関東北東・南西両教区を回ります。

写真はユリを抱えてくださる熊本聖書教会の姉妹たちです。私たちは娘がいるので受け入れてもらっているのではないか、と思うほど、想像以上に各教会で娘を可愛がっていただいています。

2007/03/28

孫と初対面

今回 孫と初対面をした私の父です。パパ似だと良く言われる娘のユリですが、こうやって見ると、おじいちゃんに似ていなくもないかも・・・巡回が始まるまでのしばしの休息です。

日本帰国

しばらくアップデートを怠ってしまいました。帰国準備、引越し準備、子育てと…その間食中毒にも数回かかり、いやはや、嵐のように3か月が過ぎて行きました。おかげで妊娠で10kg増えた体重がこの3か月でほとんど元に戻りました。嬉しいやら悲しいやら…

桜満開の日本に帰ってきました。写真では分らないと思いますが、実は寒さに凍えています(特に宴子)。日中最高気温約40度のカンボジアから帰ったばかりの私たちには、たとえ小春日和でも日本の18度前後の気温はつらい…これから日本巡回です。

2006/12/31

義の武器として

新年あけましておめでとうございます
今年は新しい家族が加えられ、また一段と違った新年を迎えることができました、主に感謝です。今年はローマ6:13から、「あなたがたの肢体を不義の武器として罪にささげてはならない。むしろ、死人の中から生かされた者として、自分自身を神にささげ、自分の肢体を義の武器として神にささげるがよい。」のみことばを一年の目標として前進していきたいです。去年に引き続き、主が働いてくださることを信じます。日本の皆様の一年が主によって豊かに祝福された一年でありますように。

2006/12/24

メリークリスマス!

ユリにとって初めてのクリスマス、私たちにとってユリが与えられて初めてのクリスマスです。今年のクリスマスは私がまだ産後の回復の途中ということで、家族で家でゆっくり過ごすことにしました。今年のプノンペンは去年と全く違い、どこもかしこもクリスマスの飾り付けで大変賑わっています。カンボジア人たちも、クリスチャンを除いて、クリスマスが何なのかさっぱり分からないけれど祭り気分でクリスマスの飾り付けに興奮気味です。

2006/12/22

聖書学校クリスマス会

聖書学校恒例のクリスマス会です。一番の見どころは各学年による出し物です。今年はお笑いの寸劇をした2年生が優勝しました。このクリスマス会、学生達にとっては奉仕で忙しいクリスマスの時期の、ちょっとした楽しみです。

2006/12/10

献児式

今日は生後3週間目の娘の献児式を、義父の司式によって行ないました。この義父ですが、2年前から心臓のバイパス手術を何度か繰り返し、また前立腺の手術も受けたりし、医者から「もう余命は長くはないだろう」と言われていたのですが、今回私たちの希望で義父に献児式を執って欲しいとお願いしたところ、長距離の旅行は控えていたにも関わらず、わざわざ遠いところから来てくれたのでした。ですので私たちの感謝もひとしおでした。「この子が主に献げられたものと認識して子育てをしなさい」-主の憐れみを仰ぎます。

2006/12/08

マシューの両親来訪

マシューの両親が新しい孫の顔を見に、遥々テキサスからカンボジアにやってきました。テキサスは今真冬。カンボジアのこの、涼しくなったとはいえ日中最高気温32度にはさすがに参っていました。この10日間主が両親の健康を守ってくださいますように。

2006/11/27

初めまして、エイカース ユリです

誕生後10日目の娘です。私の去年亡くなった祖母の名を取って、名前をユリとしました。良く飲み、良く寝、良く泣きます。おっぱいをあげるのとおむつを変えるので私の一日は過ぎていっているような状態です。体験してみないと分からない親になることの責任の重大さを、ほんの少しですが教えられています。主から賜った子です、主に教えられて育てていきたいです。

2006/11/18

カンボジアで宴子が出産に挑んだ(主に栄光!)

出産を終えた日の翌朝です。妊娠から出産まで、全ての過程において主の御手があったことを身をもって体験しました。主のお許しがなければ無事にこの子を出産することもできませんでした。ただただ主に栄光、です。祈ってくださった日本の教会の皆様、主が皆様の祈りにこたえてくださいました。本当にありがとうございました。

2006/11/17

カンボジアで宴子が出産に挑んだ(その6)

生まれたばかりの初孫を手にする母です。今回あらゆる痛みを乗り越えて生んで育ててくれた母に対する尊敬の念が、一段と強くなりました。母は強し、とは本当です。
カンボジアで出産して一番予想外だったのは、出産後の処置でした。日本では出産後、後陣痛なるものが来て胎盤が自然と出てくると本に書いてあったのですが、ここカンボジアではその後陣痛を待たず、手を子宮の中にいれて胎盤をかき出していました。また会陰切開の処置も、手術の様子を見ていた看護婦の姉によると日本のとは違い・・・想像を絶する痛さでした・・・

カンボジアで宴子が出産に挑んだ(その5)

赤ちゃんの頭が旋回せず、このままだと帝王切開になるかも知れないと言われ、「帝王切開だけはさせないで下さい」と祈りながらいきむこと約30分、午後5:27分、赤ちゃんが無事誕生しました!ロシア人形のようにぐるぐる巻きにされた赤子の前の、マシューのこの嬉しそうな顔、見てください。この後、私は出産後の処置で苦しんだのですが・・・

カンボジアで宴子が出産に挑んだ(その4)

歩くこと約40分、ようやく分娩室に連れていかれました。いよいよ分娩です。曲がりなりにも出産の本を読んで勉強していた私、指示があるまでいきまないようにと書いてあったのを思い出し、一生懸命いきみをのがしていたところ、「あんたはいきみ方を知らないから、今からどうやっていきむのか、教えるからね」と、最高の陣痛で苦しんでいる私にいきみ方の指導が始まりました。どうやらカンボジアではいきんで子宮口を全開にするようです。ところ変われば、です。

カンボジアで宴子が出産に挑んだ(その3)

2階の分娩室へ案内され別の助産師が子宮口のチェックをしたのですが、「あーまだまだよ、もっと歩きなさい!」と一言。病院の中でも1分間隔で来る陣痛の波に耐えながら、ひたすら歩き続ける私です。これは少々辛かった。

カンボジアで宴子が出産に挑んだ(その2)

午後4時前に陣痛が5分間隔になり、急いで病院へ。早速分娩室へ案内され、子宮口の開き具合をチェックします。初めて入る分娩室に少し緊張気味です。「ああ、もう頭が半分までおりてきている!」それが何を意味しているのか分かっていない私に、急いで別の分娩室へ行くよう助産婦が指示します。

カンボジアで宴子が出産に挑んだ(その1)

11月18日、予定日より6日遅れた土曜日の朝4時、陣痛が始まりました。「いよいよだ!」マシューは陣痛が始まったらすぐに病院に行くものと思っていたようで、朝5時から出かける用意をしていました。あまり早く行くと帝王切開させられるので、最後の陣痛5分間隔になるまで病院に行ってはいけないとの指示を受けていた私は、陣痛が始まってから、カンボジアの出産の定番サロンを着て家の中をとにかく歩きまくりました。歩いてお産を早めるのだそうです。

2006/11/11

母と姉来訪

母と姉が仕事の休暇を取って、私の出産を助けるためわざわざ日本から来てくれました。力強い助っ人です。二人が来てくれたことで、今回私がどんなに励まされたか、主に心から感謝です。女3人、久々の再会に話が尽きません。今日は私のリクエストで母と姉が手作りの餃子を作ってくれました。久々の"おふくろの味"、おいしかった!

2006/11/10

部長ら来訪

7日~10日にかけて、海外伝道部長であられる保先生と本田先生が多忙なスケジュールの合間を縫って来訪されました。私たちのカンボジアでの来期の計画について重要な話し合いがもたれたのですが、先生方にお越しいただいて話し合いができたことが、とても感謝でした。写真は独立記念日の花火大会で大変賑わっているトンレサップ湖の前で、カンボジア・アッセンブリー宣教師団フィールド・コーディネーターのケン・ホフ宣教師と夕食の後です。先生方、遠いところまで来てくださりありがとうございました。

2006/11/04

妊娠38週目

しばらくブログを休んでしまいました。妊娠38週目に入りました。すっかりお腹も大きくなり、歩き方も一人前の相撲取りのようになりました。20週目あたりに取ったエコーによると、今月12日が出産予定日です。さて、予定日どおりに出産になりますでしょうか・・・

2006/10/17

ローマ書

CBI(教団聖書学校)のローマ書のクラスが始まりました。今回は3週間の集中講義です。1年生28名受講の大きなクラスです。中々理解するのが簡単ではないローマ書、私たちも準備に少し手間取りました。でも私たちが学生たちに理解させるのではない、主の御霊が、私たちが頼ることによって、学生たちに理解させてくださるのだと信じて祈り備えてきました。御霊の働きに大いに期待します。

2006/10/16

万事を益とされる主

早朝デボーションをしていた矢先、突然電話が鳴り「○○先生のお嬢さんが突然亡くなったらしい、今から先生のところに行くが、一緒に行くか」と連絡がありました。聞くと、私たちが親しくしているタケオ州の牧師の12歳の娘さんが、体調が悪く病院に行って注射を受けたら益々症状が悪化し、乗り合いタクシーで約80km離れたプノンペンの病院に運んでいる最中に息を引き取ったとのこと。しかも「死人を運びたくない」とタクシーから途中で降ろされ、その牧師はどうしていいか分からず30分ほど人影さえ無い道端で立ち往生してしまったとか。つい一ヶ月前に会った時にお父さんに身を摺り寄せて甘えていた娘さんのその姿を思い出し、私たちも胸が詰まりました。「主が間違いなく癒してくださる」と信じていたに違いありません-私たちが分かるのは、「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さること」(ローマ8:28)です。主の慰めがご家族にありますように。

2006/10/14

ベビーシャワー

アッセンブリー教団宣教師団の女性、夫人たちが私たちの生まれてくる子のために『ベビーシャワー』なるものを開いてくださいました。哺乳瓶やおむつなどの必需品から手作りのキルトやお下がりの洋服まで、色々な物をくださり、思いがけない主の恵に心から感謝しました。

2006/10/09

チュロントンレー(川を渡る)

メコン川の向こう岸から眺める王宮です。
妊娠35週目に入りました。この9ヶ月、あっという間に日が経ってしまったと思っていたのですが、最近、この最後の一ヶ月がなんと長いことか、と思うようになりました。カンボジアでは出産のことを「チュロン・トンレー」と言います。「チュロン」=「渡る」、「トンレー」=川と言う意味です。出産のことを非常にうまく表現した言葉だとつくづく思います。私もこの壮大なメコン川の向こう岸へ間もなく渡ろうとしています。

2006/09/21

神の国の拡大

最近よく話題にのぼるイランですが、今、政府がクリスチャンに対する圧力を益々強化していますが、圧力を強めれば強めるほどクリスチャンになるものが増えており、政府が手を焼いているそうです。一ヶ月ほど前の『殉教者の声』で読んだ記事ですが、今年7月のある日曜日、礼拝を主にささげていた最中、警察に家宅捜査に入られ突然逮捕・拷問され刑務所に入れられた出稼ぎのエチオピア人クリスチャン2人が、その刑務所で多くの受刑者たちから「キリストのことを教えて欲しい」と言われ、拷問された傷跡の痛みも忘れて無我夢中で福音を語ったと、「福音を聞いた受刑者たちの救いのために祈って欲しい」と、強制送還された後に母国の教会で証をしたそうです。クリスチャンに対する迫害を益々強めている中国でも、今だかつて無かったほど数多くの中国人が救われているという話を聞いています。主の御霊は人間の制限を越えて世界各地で起こっており、神の国は益々拡大しています。主の再臨に備えて、益々燃やされて福音を伝えて行きたいです。

この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから終りの日が来ます。」-マタイ24:14

お祈り感謝

世界のクリスチャンに起こっている出来事を週ごとにアップデートして伝える『殉教者の声(The Voice of Martyrs)』で得た情報ですが、以前祈っていただいた、イラン・アッセンブリー教団の牧師で背教・スパイ行為等の罪で起訴されテヘランの刑務所で服役していた、ハミッド・ポーマンド先生が7月20日付けで何の説明もなしに、礼拝に出席していはいけないという条件付きで突然釈放されたということです。お祈りを感謝します!でも過去イラン・アッセンブリー教団牧師で投獄された牧師3人とも、釈放された後に何者かに殺害されているそうなので、引き続き、ポーマンド先生とそのご家族が守られるようにお祈りください。

2006/09/18

プチュンバン-カンボジアのお盆(3)

寺の入り口で寺に供えるための花を買っている若い女の子たちです。この15日続く、カンボジアのお盆ですが、クリスチャンにとっては大きな試練の時であり、またキリストを証する絶好の機会の時でもあります。特に家族、親戚中が仏教徒のクリスチャンにとっては、主に助けを仰がずしては過ごすことのできない時期です。今月は日曜日ごとにそれぞれの教会が、御霊に押し出されて実家に戻り、キリストのかおりを家族の中で放つことができるよう、教会員たちのために祈り、励ましています。私たちの仕える主は大いなる主、迫害をさえ乗り越えさせてくださる主です。キリストの光がカンボジア全土で益々光輝くよう、この時期、カンボジアのクリスチャンたちと共に祈っています。

プチュンバン-カンボジアのお盆(2)

寺の僧侶に供える食べ物で最も一般的な食べ物が写真の『ノムボンスーン』と言われる、"まるめたご飯"です。常夏のカンボジア、せっかく炊いた白飯もあっという間に腐ってしましますが、このノムボンスーンはココナッツミルクで炊いたもち米に豚肉や豆などを詰め、もちの葉で巻き寿司のように巻いて竹筒で蒸したもの、日持ちも良く、市場でも売っていますが、特にこのプチュンバンの時期にそれぞれの家庭で作り、寺に持って行ったり、遠隔地から集まった家族で共に食べたりします。常夏の国ならではの保存食品です。日本のおこわのおにぎりを思い出させるものがあり、私はこのノムが大好きです。

プチュンバン-カンボジアのお盆(1)

今月8日からカンボジアのお盆、『プチュンバン』が始まりました。カンボジアではクメール正月の次に大切な祭りの日だと言われています。写真は私たちの近所のランカ寺にいそいそと家族で出かける人たちです。日本にもお盆はありますが、違うのは、カンボジアのお盆は15日間であることと、それぞれの家庭や一族の代表が僧侶に食べ物を供えるため寺に出かけること、それによって僧侶に、祖先の供養、一年の家内安全・商売繁盛を祖先たちに祈願してもらうという慣しです。できるだけ多くの寺にでかけるとそれだけ効き目があるようで、私たちのクメール語の先生などはこの15日間でほとんど毎日違う寺に出かけています。最終日15日はこの15日間で寺にすでに出かけた人もまだ出かけていない人も、貧しい者も富める者もすべて寺に出かけなくてはならないそうで、この最終日が一番重要な日にあたるのだそうです。

カンボジアA/G理事会、宣教師団合同会議

今日はカンボジア・アッセンブリー教団理事会と宣教師団の恒例の合同会議がありました。今回はコンポンチャム州で起こっている政府の教会に対する圧力が主な議事でした。コンポンチャム州は地名通り、チャム族(カンボジアイスラム教徒)の地で、そのためか、政府の教会に対する規制が他の州よりも一段と厳しく、アッセンブリー教団の孤児院が早いうちから設立されたにも関わらず、数年前に立ち退きをしなければならない状況に追いやられたこともあるほどです。私たちの大きな祈りの課題の地でもあります。

2006/09/14

キリストを仰ぎ見つつ

今年1月に買った蘭が開花しました。常夏のカンボジアでは大した手入れをしなくても、ちゃんと開花します。1ヶ月ほど前から待ちわびていたこの蘭が開花した今日、マシューの祖母が昇天しました。脳出血を起こして倒れてから32時間という、あっという間の出来事でした。後数日で87歳だったということですが、アメリカでは長生きした方だとマシューは言います。20年前に先立たれた夫に瓜二つのマシューを、どの孫よりも一番可愛がった祖母でした。私の祖母も去年1月、93歳の誕生日を迎えて昇天しましたが、いつも思うのは、クリスチャンの死は希望である、ということです。なぜなら「肉体を離れ」ることは「主と共に住むこと」だからです(IIコリ5:8)。祖母昇天の連絡を受けて以来、ヘブル12:1、2のみことばが私たちの頭から離れません。

こういうわけで、わたしたちはこのような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競争を、耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の右に座するに至ったのである。-ヘブル12:1,2

2006/09/12

妊娠30週目

妊娠30週目に入りました。最近では「太ったね、食べすぎなんじゃあない?」と近所の人や市場のおばちゃんたちに言われなくなりました。妊婦姿が板についてきたのではと思っています。最近知ったのですが、ここカンボジアの産院は休日には医者がしっかり休暇をとるとのこと、休日に産気づいて病院に飛んで行っても、出産を待たされるのが当たり前だということです。もしどうしても出産をその日にしたいのならば、お金を余計に払わなければならず・・・何と、私の出産予定日ですが、実はカンボジアの最も大きなお祭りの一つである水祭りのあたりになっています。その話を聞いて主が出産予定日にも働いてくださるよう祈り始めました。

フィリピンからの来客

私たちがアジア太平洋神学校(APTS)に在学中、学校長であられたジョン・カーター先生が、カンボジア・アッセンブリー教団聖書学校の視察のため、プノンペンに3日間の滞在で来られ、今日、カンボジアで宣教活動をしているAPTS卒業生全員が、先生を熱くお迎えしようとプノンペンに集合しました。私たちがAPTSを卒業して約5年になりますが、カーター先生、全く変わっておられません。先生のクラスがいかに大変だったか、また世界各国で活躍している私たちの同級生たちの近況などを先生からお伺いしたりして、恵まれた交わりの時を持ちました。

2006/09/09

プノンペン王立大学日本語コース卒業式

私たちのクメール語の先生、セティー先生に招かれて、今日はプノンペン王立大学外国語研究所日本語コースの卒業式に出席してきました。現在JICAの支援の下にあるこのコースですが、実は約20年前からこの大学では日本語を教えているそうです。今回の卒業生は14名。4年生(卒業生)と3年生の数名が代表でスピーチをしたのですが、4年生の日本語はかなりのものでした。休憩の合間、JICAの代表の方と少しお話をする機会があり、その方が「カンボジアの若者の語学能力は大したものだ」と言っておられたのですが、まさにその通りだと思わされた卒業式でした。