2009/01/28

主の道は高く

天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。」(イザヤ55:9)と聖書にあるよう、主の成されるみ業は、すべて人知を超えており、私たちはただただ圧倒されてしまいますが、最近読んだ本の中でまた圧倒されてしまった証しを、主が近年世界で成しておられるみ業の一つとしてご紹介します。

 「1930年代、日本軍の侵攻によって、数多くの、今でいうところ北朝鮮の朝鮮人が逃亡した。そのうちのほとんどがウラジオストック近郊に居留した。1930年から1940年代、スターリンが武器の生産の中心地としてウラジオストックの開発を始めた際、この朝鮮人が安全保障に危機をもたらす可能性があると考え、彼等をソビエト連邦国の5地域に移動させた。そのうちの一つがタシケント、ウズベキ人と呼ばれる大変敬虔なイスラム教徒の中心地であった。二千万人以上の人口のウズベキ人たちであるが、西欧のキリスト教の紹介を何百年も激しく拒否してきた人々である。
 朝鮮人たちがタシケントに移住、ウズベキ人たちはその勤勉さと親切さに彼らを快く迎え入れた。数十年のうちに、朝鮮人はウズベキスタンの文化的生活のほとんどの分野で受け入れられるようになった。
 全世界の出来事を統制される神が、この移住させられた朝鮮人の中に一握りの強いクリスチャンたちが含まれるようご計画になったのである。恐らくスターリンはこの朝鮮人が激しい炎のリバイバルを同民族の間で楽しむだけでなく、イスラム教徒のウズベキ人、カザフ人である友人たちをキリストに導くようになるとは、思いもしなかったであろう。
 最初の朝鮮人のリバイバルと周囲のウズベキ人、カザフ人にもたらした影響が公に見られるようになったのは、ソビエトの史上初、中央アジアで最初の野外のキリスト教集会が持たれ、若いアメリカからやってきた韓国人がカザフスタンの首都、アルマータで大会衆に福音を語った1990年6月2日のことである。」(Bill and Amy Stearns, Catch the Vision 2000, pp12-13)(ブログ者訳)

2009/01/27

旧正月

写真はプノンペン・ポスト(The Phnom Penh Post)から拝借した獅子舞です。 26,27日は旧正月、カンボジアでは公休日ではないのですが、華僑の多い特にプノンペンでは、ほとんどの学校とビジネスが閉鎖になります。ここカンポットでも、実は水電力開発のため約2,000人の中国人が在留しているそうで、市街で旧正月を盛大に祝っていました。

先々週、香港から宣教師として派遣されプノンペンに在住の友人たちに、カンポットの中国人人口の話をしたら、興奮して、「新しい宣教地だ!」と言っていました。来月あたり、中国人宣教師たちが揃ってカンポットを訪れる予定で、中国人伝道が始まりそうです。カンポットの全ての人に福音を!-私たちの毎日の祈りです。

2009/01/23

カンボジアのベトナム人

通訳者のヴァンナー先生です。一般のNGOで働いていたところを、アッセンブリー教団宣教師によって発掘され、CBIベトナム人牧師育成コースの通訳者として働くようになりました。とても勉強熱心な先生です。

以前もこのブログで紹介したことがありますが、カンボジアではベトナム人は極端に阻害されており、この聖書学校でさえ、クメール語を話すことができるベトナム人学生たちですが、クメール人学生から一切口をきいてもらえません。「知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれ」る(Iコリ1:27)主が、この少数民族のベトナム人を用いて、カンボジアにキリストの福音を広められるであろうことを信じてやみません。

2009/01/19

CBIベトナム人牧師育成コース

昨年から開設した、CBI(カンボジアアッセンブリー教団聖書学校)のベトナム人牧師育成コースの学生たちです。今日から一週間、マシューはこの学生たちに、モーセ五書を教えます。7人と少数ですが、この学生たち、既にカンボジアでベトナム人教会を牧会しています。ベトナムにいると自由に聖書の勉強ができないため、この自由が与えられていることを心から主に感謝する学生たちです。授業中も必死で講義に耳を傾けます。

2009/01/09

キリストに従うもの

近所のイスラム教徒村でトラクトを配るマシューです。昨今、世界情勢の影響で、イスラム教徒伝道も益々困難を極めていますが、主にできないことは何一つありません。この村から、キリストに従うもの、主を恐れるものを、主が起こして下さるよう、不可能なことが何一つない主に期待して、今年も祈り続けていきたいと思います。

2009/01/05

マシューの家族来訪

年明け早々、義母と義弟が、義父の遺品や告別式の様子を撮ったビデオを抱えて、カンボジアに来訪しました。義父の告別式ですが、告別式と呼ばずに、「卒業式」と称し、約250人参列の下、義父のみ国への帰国を盛大に祝うことができました。キリストが中心の、主の慰めと義父の永遠の癒しを喜ぶ喜びに満ち溢れた式となり、未信者に素晴らしい証しとなりました。

家族一同、改めて、義父の癒しのためお祈り下さった皆様に心から御礼を申し上げます。

2009/01/01

キリストの福音にふさわしい生活

主の恵みと憐れみのうちに、 2009年を迎えました。新年のご挨拶を申し上げます。昨年一年は、特に、「キリストの福音」がいかに輝く神のみ業の栄光であるかを、主が私たちに教えて下さいました。年末、近所の黄金に輝く稲の収穫を見ながら、主がこの2009年も霊的な意味での収穫の年、すなわち、更にキリストご自身の価値、私たちの賜った永遠のいのちの価値を見せてくださるようにと祈らされました。今年一年のみことばは、

ただ、キリストの福音にふさわしく生活しなさい。(ピリピ1:27)

です。恐らく一生をかけて追及するみことばになると思いますが、今年一年、このみことばに一歩だけでも近づくことができるよう、主の御霊の助けを仰ぎます。皆様の2009年も収穫の一年になりますように。

2008/12/30

主は情け深く、あわれみ深く、

主は情け深く、あわれみ深く、怒るのにおそく、恵みに富んでおられます。主はすべてのものにいつくしみ深く、そのあわれみは、造られたすべてのものの上にあります。―詩篇145:8,9

写真は近所のタックチュー川の夕焼けです。
この一年を振り返り、あらためて、主のその深い情けとあわれみを体験することのできた一年であったと、一文でまとめることができます。良きものを受けるにふさわしくないものであるにも関わらず、あらゆる良きもので私たちを満たして下さる主に、心からの感謝をささげます。来る年もさらに深く、主のすばらしさを味わい、見つめ、主に身を避けるものでありたい(詩篇34:8)と、上からの助けを仰ぎます。

皆様もこの一年、主の深い情けと憐れみ、恵みを体験されたことと思います。2008年、カンボジア宣教、世界宣教のためにお祈りくださった皆様の上に、主が更に、主の宣教のために祈り続ける忍耐を、来る年もお与えくださるよう祈ります。主に栄光。よいお年をお迎えください。

2008/12/29

アンドリュー君の突然死

タケオ州で牧会しておられるロター先生の長男、アンドリュー君(3歳)が、27日にオートバイに轢かれて亡くなりました。先生ご夫妻が教会のクリスマス会で外出している最中の出来事でした。つい先日、お父さんお母さんに連れられて私たちの所に遊びに来てくれた時の、娘のブランコにのって喜んでいたあの笑顔が忘れられません。ロター先生ご夫妻とも、告別式で泣き崩れておられました。私たちも何と言って慰めていいか、言葉が見つかりませんでした。いのちの儚さを、先日の義父の召天と合わせて思わされている今日この頃です。

まことの慰め主であられる御霊の深い慰めがご家族にあるよう、教会の兄弟姉妹と共に祈っています。

2008/12/28

クリスマス会

12月を師走とはよく言ったもので、あっという間に過ぎてしまいました。カンポット教会では教会での大きなクリスマス会はせず、今回は伝道目的で、28日に教会の近所の空き地で映画上映会をしました。上映したのは「希望」という、主の創造からキリストのよみがえりまでを描いた映画です。近所の大人から子供まで、約150人が集まりました。この中から教会に導かれる人が起こされますように。

2008/12/15

マシューの父召天

マシューの父、ノーラン・エイカース(享年71歳)が、米国時間今日午前3時15分、主の御許に帰りました。4月に神経膠腫という悪性の脳腫瘍が発見され、末期と診断されてからも、変わらず出会う医療関係者や知人に福音を語り続けていた義父ですが、主のおゆるしで、永遠の癒しを受けました。結婚生活47年、娘3人と息子2人に恵まれ、そして、米国アッセンブリー教団の牧師として46年、主に仕える恵みを与えられました。義父のいるところには笑いが絶えませんでした。しばしの間、会えなくなり寂しくなりますが、永遠という時の中で再会できる日を、家族一同心待ちにしています。

この数か月、お祈りくださった多くの方々に、主が皆様の祈りにこたえて下さったことを、謹んでご報告、御礼申し上げます。

2008/11/29

カンボジア涼気到来

カンポットは今年最初の冷え込みで、今朝の気温25度、巷では人々が一斉にジャケットを着始めました。 カンボジア人は「冬だ!!!」と言いますが…カンボジアの常夏の気候にすっかり慣れてしまった私も、今日は長そでを着ました。

2008/11/27

教団理事会宣教師団代表者合同会議

水曜日、教団の理事会と宣教師団代表者合同の会議が、プノンペンでありました。去年一部の宣教師たちの間で起こった問題が、宣教師団全体に影響を及ぼしているのを憂慮した理事会が、宣教師団に呼びかけ招集したものです。カンボジアの教会を支援するため遣わされてきたはずの宣教師たちが、支援するどころか、教会の悪い見本になっているのが、今の私たちの実情です。理事会が憂慮するほどの宣教師たちの関係は、私たちがみことばに従っていない者たちであることを物語っています。主のみことばの前にへりくだらされます。

昔の人々に、『人を殺してはならない。人を殺す者はさばきを受けなければならない。』と言われたのを、あなたがたは聞いていますしかし、わたしはあなたがたに言います。兄弟に向かって腹を立てる者は、だれでもさばきを受けなければなりません。」マタイ5:22

2008/11/22

諸国民のうちを望み見て

諸国民のうちを望み見て、驚け、そして怪しめ。わたしはあなたがたの日に一つの事をする。人がこの事を知らせても、あなたがたはとうてい信じまい。」―ハバクク1:5

数か月前にはインドのオリッサでクリスチャンに対する激しい迫害が起こったり、米国各地ではクリスチャンたちが同性愛者から迫害を受けるなど、欧米諸国に関わらずクリスチャンに対する迫害は益々拡大しているこの頃ですが、それと同時に膨大な数の人々が日々救われているのは、日本ではあまり耳にしません。迫害レベルでは50カ国中世界第1位に位置づけられているイランでは、イスラム教からキリスト教に改宗した者と改宗させた者が暗殺されているのは日常茶飯事、アッセンブリー教団牧師も既に数人殺害されていますが、実は、政府が汚職で取り入れたサテライトテレビのキリスト教番組を見ている人が、何と人口の70%、聖書訓練の番組を見ている人が40%、という統計が出てきました("Mission Frontiers"9-10月号より)。番組を見て救われたという人が多く、地下教会が急速に成長、政府の取り締まりが追い付かないそうです。事実、カンボジアの隣、タイのバンコクの教団国際教会では、宗教亡命を求めたイラン人が教会の大半を占めているそうで、ファーシ語(イラン語)礼拝を持っているという話を、国際教会牧師から伺ったことがあります。迫害はクリスチャンがキリストの似姿につくりかえられるための主のみ業、宣教師が入っていけないような国で救われる人が起こされるのも主のみ業、主の御名は誉むべきかな!

2008/11/20

生きるのも死ぬのも主のため

写真はマシューの両親です。改めて、義父のため、覚えてお祈りくださっている皆様に心から感謝申し上げます。
義父ですが、衰弱し寝たきりの生活になりました。会話もほとんどできなくなっていますが、義母いわく、「主から与えられたこの道を走りぬきたい」と言っているということでした。死を前にしてそのように思うことができるのは、何と幸いなことだろうと思います。果てしなく自己中心の私たちが、「生きるのも死ぬのも主のため」と言うことができるのは、主のみ業以外何ものでもありません。義母が霊的にも肉体的にも支えられていることに、格別な主の憐れみを見ています。主に栄光をお返しつつ、再度、お祈りくださっている皆様に、このブログをかりて、ご報告申し上げます。

わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしていも死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。」―ローマ14:8

2008/11/18

ユリ2歳、主に感謝

今日で娘のユリが2歳になりました。時が経つのは早いものだと、娘の成長を見ながらつくづく思わされます。主が今日まで守ってくださっていることを心から感謝します。出産から今日まで、娘の人生に関わって下さっている方々、お祈り下さっている方々に深く御礼申し上げます。この子が成長して、主に栄光をお返しする人生を歩むよう、更にお祈りに加えてくださいましたら感謝です。

2008/11/14

水祭り

10日から13日まで、カンボジアは水祭りで一斉休暇です。ボートレースで大変な賑わいになるプノンペンを後に、この休暇を利用してキャンプや修養会等を開催する教会も多くあります。カンポットにもいくつかの教会団体がやって来ましたが、今回はそのうちの一つ、学生伝道を目指しているインドネシア人宣教師の、学生たちの修養会に講師の一人として招かれ、マシューが参加しました。まだクリスチャンになって間もない人もいれば、クリスチャンではなけれど参加してきた人たち…テレビや都会の騒々しさを離れ、福音に耳を傾けるいい機会です。主の御霊がそれぞれの内に働いて下さいますように!

2008/11/05

人間をとる漁師

家の裏の田んぼで漁を試みる子供たちです。
様々な経路を通してカンボジアに数か月前に到着した、日本、韓国、中国からのクリスチャンが、先週末、休暇を利用して、私たちを訪ねてカンポットに来て下さいました。それぞれ目指している方向は違いますが、目的はただ一つ、主キリストの福音を世界に出て行って宣べ伝えることです。主がそれぞれに成されているみ業の証しを伺いながら、胸が熱くなりました。「恐れることはない。今からあなたは人間をとる漁師になるのだ。」(ルカ5:10)のペテロに語られた主のみことばから伺うことができるように、主は今日も世界中で「人間をとる漁師」たちを起こされています。罪深い、主のみことばに従うことが不可能な私たちの心を新しくつくり変え、主に仕えたいという思いを起こされるのは、まさしく主のみ業です。日の出る所から没する所まで、国々のうちで主のみ名はあがめられています(マラキ1:11)!

2008/11/03

ペアッカダイさんの証

ヴター師の奥さま、まだ20代後半ですが落ち着いており30代にも見えてしまうペアッカダイさん、素晴らしい証を持っています。ベトナム人の父親とカンボジア人の母親を持っており、ベトナムで生まれ育ったそうですが、10歳の時に父親が他の女性を求めて家族を捨てたそうで、カンボジアのプノンペンに母親と一緒に帰って来ました。12歳の時に生活に困った母親がペアッカダイさんを売春宿に売り払い、その売春宿に行く途中、大きな事故に遭って太ももから下の右足を失いました。母親はペアッカダイさんを捨て蒸発、祖母に育てられたそうですが、祖母の死去後、コンポンソム州のアッセンブリー教団が建設運営している孤児院に預けられ、そこでキリストに出会い、救われます。「この足を失わなかったら今頃私は売春婦をしていた。主の憐みで、私は永遠の命を与えられ、素晴らしい夫まで与えられた。主がこれを成して下さったのです。」と涙を流して誰にでも証します。主の成されるみ業はその時にかなって美しい、みことばがペアッカダイさんの証を聞きながら、頭の中で呼応していました。主のみ名を賛美します。

働き人

先月コンポンソム州の孤児たち22人を引き連れてカンポットに引越してきた、ヴター師とその家族です。このヴター師、元々カンポット州出身で、まだ救われていない両親や兄弟姉妹に福音を伝えたいと、コンポンソム州の孤児院を後に、孤児たち全員を引き連れてこのカンポット州にやってきました。アッセンブリー教団教会で救われ、現在通信講座をとりながら牧師になる資格を取得中です。カンポットに重荷のある働き人を送って下さるよう主に祈ってきた私たちですが、主がその祈りに答えてくださったことをこのご夫妻を通して実感しています。ヴター師は中華系クメール人、奥さまのペアッカダイはイスラム教徒と結婚した家族がこのカンポット州にいるとのこと、二人とも中国人、イスラム教徒伝道にも重荷があります。カンポットの全土に福音がこの一家を通して伝わりますように!