CBI(教団聖書学校)のローマ書のクラスが始まりました。今回は3週間の集中講義です。1年生28名受講の大きなクラスです。中々理解するのが簡単ではないローマ書、私たちも準備に少し手間取りました。でも私たちが学生たちに理解させるのではない、主の御霊が、私たちが頼ることによって、学生たちに理解させてくださるのだと信じて祈り備えてきました。御霊の働きに大いに期待します。
アクセス・エイカース:キリストがこの身によって崇められることを願う私たちの日常生活、またはいい説教、あるいは世界のクリスチャンニュース等を紹介…「わたしが切実な思いで待ち望むことは、…生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストがあがめられることである。」―ピリピ1:20
2006/10/17
2006/10/16
万事を益とされる主
早朝デボーションをしていた矢先、突然電話が鳴り「○○先生のお嬢さんが突然亡くなったらしい、今から先生のところに行くが、一緒に行くか」と連絡がありました。聞くと、私たちが親しくしているタケオ州の牧師の12歳の娘さんが、体調が悪く病院に行って注射を受けたら益々症状が悪化し、乗り合いタクシーで約80km離れたプノンペンの病院に運んでいる最中に息を引き取ったとのこと。しかも「死人を運びたくない」とタクシーから途中で降ろされ、その牧師はどうしていいか分からず30分ほど人影さえ無い道端で立ち往生してしまったとか。つい一ヶ月前に会った時にお父さんに身を摺り寄せて甘えていた娘さんのその姿を思い出し、私たちも胸が詰まりました。「主が間違いなく癒してくださる」と信じていたに違いありません-私たちが分かるのは、「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さること」(ローマ8:28)です。主の慰めがご家族にありますように。
2006/10/14
2006/10/09
チュロントンレー(川を渡る)
2006/09/21
神の国の拡大
最近よく話題にのぼるイランですが、今、政府がクリスチャンに対する圧力を益々強化していますが、圧力を強めれば強めるほどクリスチャンになるものが増えており、政府が手を焼いているそうです。一ヶ月ほど前の『殉教者の声』で読んだ記事ですが、今年7月のある日曜日、礼拝を主にささげていた最中、警察に家宅捜査に入られ突然逮捕・拷問され刑務所に入れられた出稼ぎのエチオピア人クリスチャン2人が、その刑務所で多くの受刑者たちから「キリストのことを教えて欲しい」と言われ、拷問された傷跡の痛みも忘れて無我夢中で福音を語ったと、「福音を聞いた受刑者たちの救いのために祈って欲しい」と、強制送還された後に母国の教会で証をしたそうです。クリスチャンに対する迫害を益々強めている中国でも、今だかつて無かったほど数多くの中国人が救われているという話を聞いています。主の御霊は人間の制限を越えて世界各地で起こっており、神の国は益々拡大しています。主の再臨に備えて、益々燃やされて福音を伝えて行きたいです。
「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから終りの日が来ます。」-マタイ24:14
「この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから終りの日が来ます。」-マタイ24:14
お祈り感謝
世界のクリスチャンに起こっている出来事を週ごとにアップデートして伝える『殉教者の声(The Voice of Martyrs)』で得た情報ですが、以前祈っていただいた、イラン・アッセンブリー教団の牧師で背教・スパイ行為等の罪で起訴されテヘランの刑務所で服役していた、ハミッド・ポーマンド先生が7月20日付けで何の説明もなしに、礼拝に出席していはいけないという条件付きで突然釈放されたということです。お祈りを感謝します!でも過去イラン・アッセンブリー教団牧師で投獄された牧師3人とも、釈放された後に何者かに殺害されているそうなので、引き続き、ポーマンド先生とそのご家族が守られるようにお祈りください。
2006/09/18
プチュンバン-カンボジアのお盆(3)
寺の入り口で寺に供えるための花を買っている若い女の子たちです。この15日続く、カンボジアのお盆ですが、クリスチャンにとっては大きな試練の時であり、またキリストを証する絶好の機会の時でもあります。特に家族、親戚中が仏教徒のクリスチャンにとっては、主に助けを仰がずしては過ごすことのできない時期です。今月は日曜日ごとにそれぞれの教会が、御霊に押し出されて実家に戻り、キリストのかおりを家族の中で放つことができるよう、教会員たちのために祈り、励ましています。私たちの仕える主は大いなる主、迫害をさえ乗り越えさせてくださる主です。キリストの光がカンボジア全土で益々光輝くよう、この時期、カンボジアのクリスチャンたちと共に祈っています。
プチュンバン-カンボジアのお盆(2)
プチュンバン-カンボジアのお盆(1)
今月8日からカンボジアのお盆、『プチュンバン』が始まりました。カンボジアではクメール正月の次に大切な祭りの日だと言われています。写真は私たちの近所のランカ寺にいそいそと家族で出かける人たちです。日本にもお盆はありますが、違うのは、カンボジアのお盆は15日間であることと、それぞれの家庭や一族の代表が僧侶に食べ物を供えるため寺に出かけること、それによって僧侶に、祖先の供養、一年の家内安全・商売繁盛を祖先たちに祈願してもらうという慣しです。できるだけ多くの寺にでかけるとそれだけ効き目があるようで、私たちのクメール語の先生などはこの15日間でほとんど毎日違う寺に出かけています。最終日15日はこの15日間で寺にすでに出かけた人もまだ出かけていない人も、貧しい者も富める者もすべて寺に出かけなくてはならないそうで、この最終日が一番重要な日にあたるのだそうです。
カンボジアA/G理事会、宣教師団合同会議
2006/09/14
キリストを仰ぎ見つつ
今年1月に買った蘭が開花しました。常夏のカンボジアでは大した手入れをしなくても、ちゃんと開花します。1ヶ月ほど前から待ちわびていたこの蘭が開花した今日、マシューの祖母が昇天しました。脳出血を起こして倒れてから32時間という、あっという間の出来事でした。後数日で87歳だったということですが、アメリカでは長生きした方だとマシューは言います。20年前に先立たれた夫に瓜二つのマシューを、どの孫よりも一番可愛がった祖母でした。私の祖母も去年1月、93歳の誕生日を迎えて昇天しましたが、いつも思うのは、クリスチャンの死は希望である、ということです。なぜなら「肉体を離れ」ることは「主と共に住むこと」だからです(IIコリ5:8)。祖母昇天の連絡を受けて以来、ヘブル12:1、2のみことばが私たちの頭から離れません。こういうわけで、わたしたちはこのような多くの証人に雲のように囲まれているのであるから、いっさいの重荷と、からみつく罪とをかなぐり捨てて、わたしたちの参加すべき競争を、耐え忍んで走りぬこうではないか。信仰の導き手であり、またその完成者であるイエスを仰ぎ見つつ、走ろうではないか。彼は、自分の前におかれている喜びのゆえに、恥をもいとわないで十字架を忍び、神の右に座するに至ったのである。-ヘブル12:1,2
2006/09/12
妊娠30週目
フィリピンからの来客
2006/09/09
プノンペン王立大学日本語コース卒業式
2006/08/24
カンボジア・アッセンブリー教団教職修養会
22、23日と二日間、カンボジア・アッセンブリー教団教職修養会がプノンペンのドムナン・ロオー教会で開催されました。カンボジアの各地から牧師たちが集まり、共に交わり、み言葉に聞き、祈る機会が与えられました。この1年半で沢山の教職と顔見知りになったと思っていたのですが、今回は寧ろ顔見知りでない先生方の方が多く、驚きました。来週の月曜日からは第2回目のユース・キャンプがコンポン・ソム州で開催される予定で、今回修養会に参加された牧師たちも、教会の若者を連れてキャンプに参加される予定で、そのためにも特別に祈りの時間が設けられました。キャンプには約400人の13歳から17歳までの高校生が大集合する予定です。御霊の働きに大いに期待します。
2006/08/10
クメール語学習
私たちのクメール語学習、「クメール語を自由自在に話せるまで最低7年はかかるよ!」と他の宣教師たちに脅かされ、また励まされながら、まだまだ続いています。読み書き、会話が上達するのに合わせて、私たちのクメール語の先生に対する要求も次第に高くなってきました。今回祈って6月から与えられた新しい先生は御年49歳、厳しいポル・ポト戦争時代を通り、何とカンボジアが共産国時代に旧ソ連の支援でモスクワに一年、4年前にはJICAの支援で日本は北九州に一年留学したことのある、カンボジアでは珍しく国際経験豊かなプノンペン王立大学で言語学を教えている先生です。本職が先生なだけあって、教え方も本格的です。大変熱心な仏教徒ですが、この先生とご家族が救われるように祈っています。
2006/08/07
田んぼのど真ん中の教会
「『キリストのからだ』についてメッセージをして欲しい」との依頼を受け、6日、先日献堂式が行なわれましたタケオ州のクルオサー・プレクリッ教会に行って来ました。この教会、実は広大な田んぼのど真ん中にある教会で、「こんな何もないところに果たして人が集まるのだろうか」と思いきや、礼拝、聖書勉強会、祈祷会が始まる前にはどこからともなく信徒たちが湧いて来るとても不思議な教会です。最近救われたばかりの女性が、自分の田んぼがあった土地を教会に捧げ、教会堂が建てられました。日本ではとかく教会の立地条件を気にしますが、カンボジアではあまり問題になりません。人が集まれば、それで既に教会なのです。キリストを頭として、益々この教会が成長しますように。
2006/08/02
妊娠24週目
32回目の誕生日を迎えました、主の32年にも渡る憐れみと恵を心から感謝します。32歳になる今日、定期検診に行ってきました。お腹の子も早いもので、24週目を迎えました。順調に育っています。最近、このブログを読んで下さっている教会員で、産婦人科医であられる先生から、「もし私に何かできることがあったら・・・」とメールを頂き、大変驚いたのと同時に主に心から感謝しました。カンボジアの出産にまつわる怖い話をちらほらと耳にしており、不信仰に陥りそうになっていた矢先のことでした。その先生に色々教えていただきながら、「心を尽くして主に信頼せよ」との箴言3:5,6のみ言葉が頭の中を駆け巡っていました。主の戒めを心から感謝します。
2006/07/27
日本からの来客
21日から26日まで、須崎キリスト教会の柿谷悟先生と、サンライズのぞみ教会の松浦和也君がお二人で私たちを訪ねてカンボジアに来てくださいました。先生方がはるばる日本からお越しくださったことだけでも感謝だったのですが、一番感謝だったのは、シェムリアップにいるニホンちゃん(写真左から二番目)とその一家の食卓で先生方が家族のために祈ってくださったことでした。何とキリストの話を毛嫌いしていたお父さん(ニホンちゃんのおじいちゃん、写真右端)が、柿谷先生が家族のために祈りを捧げることを快く許して下さったのです。主が先生方を最善の時にカンボジアに送ってくださったと、心から感謝しました。主に栄光がありますように。益々主に励まされてこの家族のためにとりなししていきます。
2006/07/17
カンボジアの希望
タケオ州にあるアッセンブリー教団設立の私立小学校の子供たちです。公立の小学校と違うのは、毎日聖書を勉強する時間があることです。教室から聞こえる子供たちの元気な賛美が、主の耳にどんなにか喜ばしいものだろうと、思わず笑みがこぼれます。どこの国でもそうですが、カンボジアも、子供たちは将来の希望です。戦争を知らないで育ったこの世代の子供たちの中で、主がカンボジアの全土、そして海外に福音を携えて出て行く、主にだけ仕える者を起こされ、主のみ国をこの地に拡大されるように、切に祈ってやみません。「幼子らをそのままにしておきなさい。わたしのところに来るのをとめてはならない。天国はこのような者の国である。」-マタイ19:14
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