アクセス・エイカース:キリストがこの身によって崇められることを願う私たちの日常生活、またはいい説教、あるいは世界のクリスチャンニュース等を紹介…「わたしが切実な思いで待ち望むことは、…生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストがあがめられることである。」―ピリピ1:20
2008/09/30
クメール語訳マンガ“善と悪”
2008/09/29
プチュンバン(盆)
写真左はプノンペンポストから拝借したもので、寺で先祖の霊に捧げものを捧げているところです。15日からプチュンバン、日本でいうところの「お盆」が始まりました。先祖に捧げる贈り物を抱えて、それぞれの故郷に帰省する帰省ラッシュは、公休日の28-30日が最高になります。クリスチャンにとっては、信仰の試される時期です。昨日の礼拝後も、教会員たちが、儀式に参加しないことで受ける様々な迫害を話してくれました。しかし聖書は、「いったい、キリスト・イエスにあって信心深く生きようとする者は、みな、迫害を受ける。」(IIテモテ3:12)と教えます。私たちが「神に召されていだいている望みがどんなものであるか」、私たちが「つぐべき神の国がいかに栄光に富んだものであるか」を、主がカンボジアのクリスチャンたちの「心の目を明らかにして下さ」り見せてくださるように(エペソ1:18)、そしてかん難を乗り越える力を与えて下さるように、と祈っています。
2008/09/22
さめていても眠っていても
2008/09/15
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